2019年12月20日

ステップ3

 ステップ3は「私たちは、私たちの意志といのちを、自分で理解している神の配慮にゆだねる決心をした」です。

 意志だけでなくいのちまでをもゆだねると聞くととても怖くなりますがく〜(落胆した顔)が、これが意味することは、自分の考えと行動を自分の思うがままにするのを止めて、偉大な力の配慮にお任せしていくのだと僕は教えてもらい、怖く感じることはないな〜と思ったことを思い出します手(チョキ)

 例えば、施設の運動プログラムで走ってって言われました。走るのなんてバカにしていた僕は「なんで走らなきゃいけないの?」って思いましたが、その人の経験を信じていた先行く仲間の「いいからやってみて。委ねてみて」と言う言葉のとおりに走りましたexclamation偉大な力の配慮で巡り合った仲間の言葉です。それにお任せして行動を変えるんだな〜という気持ちでした。

こうして、いろんなことを「ゆだねる」ことを続けてきたら、「自分の人生であっても自分の思うがままにしない方が良い」と感じることが増えてきましたグッド(上向き矢印)

今日は運動プログラムで久しぶりにちゃんと走りました。風邪をひいて30日位走っていなかったのです。
久しぶりに走ったら、やっぱり気持ち良かった。僕の感覚は、以前と変わったのだと思います。
委ねてきて、先月はフルマラソンを走り切ると言う大きな喜びを手にできましたわーい(嬉しい顔)
また走り続けてみようと思っています。    (タロー)
posted by darc at 17:22| 日記

2019年12月18日

ステップ2

ステップ2は「私たちは、自分より偉大な力が、私たち正気に戻してくれると信じるようになった」です。

依存症者の特性として、極度の自己中心性があると言われています。自分以外のものは、何も信じようとしませんふらふら
僕も、人生を自分の思い通りにしようとして、薬を使って結局どうにもならなくなりましたバッド(下向き矢印)

3回目のオリの中から岐阜ダルクに手紙をだし、手紙のやり取りの後に、拘置所に施設長かおりさんが面会に来てくれましたexclamation
「自分も昔はひどかったんだけど、プログラムにつながれたから、今はこうしていられるようになった」とあっけらかんと笑うかおりさんの目の前の姿は、信じることができました。
ダルクのプログラムをやれば、自分も同じように笑いながら暮らし続けることができるに違いない。そう思いながら刑務所で過ごし、出所した足でつながれたのです。

その後も、プログラムに先につながった「先行く仲間」の姿がありました。
ミーティングで聞く過去のその人と、現在の落ち着いた姿には、大きな違いがありました。
プログラムを続ければ、自分もこうなれる。そんな気持ちになれました。

こうしていろんな人たちの姿を見せてくれて、回復の道を歩ませてくれたのは、何かの力です。僕は信仰を持ってはいませんが、そんな大きな力の存在は信じられます。自分の意志だけで生きるのは止めて、そんな力の存在を信じて、今は塀の外で6年以上を過ごしています。

そして今日も、ステップとロイスの姿を見て、温かい気持ちになれましたわーい(嬉しい顔)

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自分の力では薬を止め続けることはできませんでしたが、自分より偉大な力がそれを可能にしてくれていますexclamation×2  (タロー)



posted by darc at 18:27| 日記

2019年12月17日

ステップ1 

僕たちのやっている12ステップについて、少し書いてみます。

ステップ1は、「私たちは、アディクション(依存症)に対して無力であり、生きていくことがどうにもならなくなったことを認めた」です。

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僕は薬を使ってきて41歳の時に逮捕されましたもうやだ〜(悲しい顔) 家族や失ってしまった仕事、友人たちのことを留置場で想いながら、絶対に薬は止めようと決意しました手(グー) 固く固く決意したつもりでした。しかし、社会に戻った自分の目の前に薬が出てきた時、その決意はどこかに消えてしまい、薬を使い、使い続けて、1年後再び警察がやってきました。刑務所に行きましたバッド(下向き矢印) 絶対に薬は止めようと、また決意しました。それでも、出所後また薬が出てきたら、また決意はどこかへ。2年後また警察がやってきました。また刑務所に行きましたたらーっ(汗)

僕は薬に対して抗うことができませんでした。
薬に対して全くの無力であって、その結果5年程もの時間をオリの中に閉じ込められて過ごしたのですあせあせ(飛び散る汗)
まさにステップ1です。
これを認めたからこそ、6年前に岐阜ダルクにつながれたのですexclamation

そして、このステップの現れとして、僕はミーティングで「依存症のタローです」と名乗り、どうにもならなくなった自分のことを正直に話しています。

無力を認めるのは、アディクションに対してだけではありません。
他の人に対しても、自分に起きる感情に対しても、未来に対しても…
自分が無力であることを認めると、自分の行動は変わっていくように思います。

ミーティングで「依存症のタローです」と名乗ると、同じようにアディクションに対して無力であり生きていくことがどうにもならなくなって、そこから回復したいと願う仲間たちが「タロー」と呼び返してくれますexclamation×2
その声を聞くと、仲間として認めてもらっていると言う温かい気持ちになれますハートたち(複数ハート)   (タロー)
posted by darc at 17:01| 日記